02

 私こと松下鈴菜(まつしたすずな)が女の趣味が最悪だろう男、相庭勇太(あいばゆうた)と出会ったのは一年、つまり去年の四月である。
 私の成績で行けて、なおかつ自転車で通学可能な距離にある公立校に無事合格して初めてクラスに行った時である。相庭は"あ"で始まる苗字の関係から廊下側の一番前の席にやや緊張した顔で座っていた。私は相庭の前の扉から教室に入ったのだが、「おほよう」と挨拶……するわけもなく、むこうからの接触ももちろんなかった。
 こっちもむこうも高校生活初日で、自分の知り合いがいるか、また自分の席の周囲の人物と友人関係が築けるかどうか緊張して出方を窺っている時に見ず知らずの異性に声などかけないだろう。それから一ヶ月、新しいクラスメイトに徐々に慣れてきた頃に行われた席替えまでこれといった接触はなかった。
 ……うん。四月の回想は飛ばそう。
 五月、席替えはクジで行われた。不正が行われないよう、あらかじめ黒板に席番号を書いて引いてすぐ担任に回収されて自分の名前が新しい座席の位置に書かれていった。当初私は、席替えごときにそんな慎重になってんじゃねえよ、と狭い友人関係を築いていたために裏取引をしようと思っていた身としてはその対策を憎らしく思っていた。しかし、その席で前の席になった杏子こと夏原杏子(なつはらきょうこ)と仲良くなったので良しとする。
 相庭はこの席替えで私の隣の席に……なるわけでもなく、私が教室のど真ん中の席になったのにも関わらず、横縦斜めどの席にもならなかった。当時私は相庭など意識してなく、むしろ相原さんと名前を間違えて覚えていたという事実があるほど興味もなかった。その代わり私の右斜め前の席になったのが、相庭の中学からの友人である中田充(なかたみつる)だった。
 そう、この中田という存在が私と相庭に接点を持たせたのである。
 昨今の男子はやや女々しいところがあるのか、休み時間になると友人同士屯う習性がある。相庭も例にもれず、休み時間になるといそいそと中田の後ろの席、つまり私の隣の席にやってきていた。杏子が私のボケに(私はボケだと思っていない)ツッコミしたり、さらにとあるマンガの評論会などしていた時、何に興味が惹かれたのか中田が話しかけてきてなんとなく話すようになっていったのだ。
 ちなみに私は相庭に「あれ君相原さんじゃないの?」などと間抜けな質問はしていない。中田が相庭のことを呼んでいるのを聞いて密かに心の中で修正したためそのような恥を書くことはなかったのだ。
 話すようになっても相庭の印象は普通の一言だった。特におもしろい話をするわけでもなく、顔もよく見れば中の上でよく見なければ平凡な顔だったため特に何の興味も抱いていなかったのである。その点では中田も同様だ。どちらかというと中田の方がトークセンスは上だったようにも思う。
 そう。私が相庭を好きになったのはこの時ではない。
 ……うん。ここら辺の回想も飛ばそう。
 席替えからさらに何回かの席替えがあり、夏休みをはさみ、さらにまた席替えをした十月の初めのことだった。十月の中旬に行われた文化祭の準備中、突如その瞬間は訪れたのである。

「相庭、私たちって何やったらいいのかねぇ」
「え、何言ってんだいまさら」
「だってやつらお化け屋敷するっていつの間にか決めてどうゆうふうにするのかとか、何人お化け役が必要なのか言ってないじゃん」
 放課後残っていうのも、メールで連絡がきただけで役割分担も何も決めてなしに各々勝手に準備を始めた。今回の準備の中心にいるのが矢城愛だ。ただし、ヤツが実行委員なわけではない。てか、ヤツがそんな面倒なことをするわけがない。やつの友人の女子が実行委員で、それでクラスの出し物にヤツがあれこれ口を出しているのだ。
「じゃあ、聞いてくればいいだろ」
「えー、私があの集団に?やだよ、人種が違うんだよ」
「いや、分かるけどさ」
 お前も地味な部類だもんね。ヤツらと話が合うとは思えない。まあ、男子の場合は女子と違って話してみないと分からないかもしれないけど。
「あんたらは何やってんの?」
「看板作ってって言われたから作ってる」
 何ちゃっかり仕事してんのさ。こっちが仕事してないみたいじゃん。……してないけど。
「あれ?夏原は?」
「保健室だよ」
 生理痛による体調不良だとは言わない方がいいだろう。あの子はたまに激痛に見舞われることがあるらしい。可哀想なことだ。
「だったらやっぱりお前が聞いてくるしかないだろ。看板作りはもう人数足りてるし」
 実は私の他にも何していいか分かっていない生徒は多数いる。自分で考えて行動しろとよく言うヤツがいるが、まずお化け屋敷の完成図すら分かっていないのだから何をすればいいか分かるはずもないだろう。実行委員はクラスの女子一わがままと噂の愛の友達だけあって愚鈍なのだろう。
 そして、私の友達は私よりもさらに大人しい性格の子達だ。自分からあの集団に話しかけるなどもはや恐怖体験だろう。
 仕方ない。私も関わりたくないが、ここにいるだけでは時間の無駄だし、聞いてくるか。
「ごめん、あのさ私たちって何やったらいいかな?」
 私はあの集団の中で比較的良い人だと思っている宮下優子(みやしたゆうこ)ちゃんに話しかけた。ヤツが友達に選ぶだけあってこの宮下さんは結構かわいい部類に入る女の子だ。
「あっ、こっちこそごめんね。じゃあ、教室の通路作るために全部新聞黒くして天井からつるしちゃおうってことになったから新聞紙繋げて黒に塗ってくれる?」
「うん分かった」
「あと、美鈴ちゃんと杏子ちゃんは上から首をつる下げる役ね」
 え?もう役とか決まってるの?
「あと、一日目の午前と二日目の午後になったけど良かった?」
 「良かった?」って事後承諾かよ。こいつも大概自己中だな。てか、一日目の午後と二日目の午前あの集団が担当出し。じゃあ、こいつが決めたわけじゃなくて愛が勝手に決めたのかも。まあ、どっちにしろ勝手に決めたことに変わりはないけど。
 てか、二日目の午後ってちょっと楽しみにしてた女装コンテストあるじゃん。くそっ。
「うん、分かった。じゃあ、このスプレー何本か借りてくねぇー」
 うん。私は何も言えませんでしたよ。所詮私は草食系女子ですから。
「チッ」
「……松下サン、コワイデース」
「……ふん。でも仕事がこれだけなら楽なもんよ」
 私はジャージに着替えて、友達を集めて新聞紙にスプレーをかけ始めた。
「あっ、きれた」
 五分も経たないうちにスプレーはきれた。あいつら使いすぎなんだよ。チッ。
「俺も手伝うって。ほら、絵の具」
 私の舌打ちに怯えたのか知らないが、相庭は看板に使っていた絵の具を貸してくれた。お前はヤツらと違って意外に気がきくな。
「……ありがとー」
「どういたましてー」
 それからたわいのない話をした。中田も杏子もいないで相庭と話したのは意外に始めてだったかもしれない。
「私、なんか飲みもの買ってこようかな」
「あ、私のもお願い」
「私もー。ココアね」
 ……こいつら普段大人しいくせに、仲間内だと図々しくなるな。人のこと言えないけど。
 などと思いつつ頼まれて友人の分も買いに行く私は偉いと思う。うん。
 それから途中で相庭が俺も行くって、購買まで付き合ってくれることになった。こいつさっきから気がききすぎじゃない?もしかして私のことが好き、とか?うわ、マジで。いやいや、なんか私恥ずかしい妄想してるな。いや、でも……。
 なんか相庭って、よく見ると顔まあまあ良いんじゃない?性格も案外優しいし。
 恐ろしいことになぜかこんな些細な思い込みで相庭のことが良く思ってきたりして、それからたまにこいつ本当に私のことが……なんて妄想を繰り返しているうちに、こっちが相庭に恋をしてしまった。
 
 ほんと、人間いつ恋に堕ちるか分からない。こっちは恋という名の落とし穴の罠にかかった気分だよ。
 だって、あいつは結局私のことを好きじゃなかったんだし。
 罠に堕ちた私が悪いんじゃない。思わせぶりなことをしたあいつが悪いんだ。
 

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