その十二、 おいしいところに邪魔者とその獲物が現れてもあせらずに

 放課後、永羽と綾人は街に来ていた。綾人とどこか行くことは久しぶりで、おまけにいつも悪魔の付き添いとして綾人と出かけていたので、実際二人だけでどこかに行くといのは片手で数えるほどもなかった。だから今、非常に困っている。綾人とどこへ行けばいいのだろうか。
「永羽ちゃんはどこか行きたいところある?」
 聞きたいことを逆に聞かれてしまった。
 永羽は考えた。
 そもそも、こちらに帰って来たのも最近で、越してきてからはほぼ街と逆方向にある家に帰宅していたのだから街にどんなものがあるか分からない。永羽は一つ頷き、思ったことをそのまま伝えた。要するに、何があるか分からんから、綾人に任せると丸投げしたわけである。
「まあ、いきなり言われても分からないよね。今日水曜日だし、映画でも観に行こうか」
 何故に水曜日だから映画に、と永羽は思ったが、水曜日は女性客の映画料金が安くなるんだと思い当たった。
「うん、行こう。ちょうど観たいと思ってるやつがあるんだ」
 例のドラマからスタートした映画である。永羽はこのドラマを毎週かかさず見ている。
「ああ、あれおもしろいよね。あのドラマって話ごとに脚本家違うらしいよ」
「え、そうなんだ。ああ、だから飽きがあんまりこないのかも」
 そのまま、綾人とドラマの話をしながら映画館が入っている建物に向かった。
 ちなみ永羽は映画ではポップコーンを食べず、飲み物だけ常備する派だ。だから、観終わった後、腹ごしらえにファミレスに行こうと言われてもお腹がいっぱいで困ることはなかった。悪魔のいる家に帰るのは遅ければ遅いほど良い(後からいびられると薄々分かっているが、永羽は今を生きると決めている)。
 永羽は頭をブンと振って、兄のことを忘れ映画に集中した。

「おもしろかったねぇ」
「そうだね。僕は前の映画よりも今回の方が好きだな」
「あ、私もー。でもさ、これってドラマにも影響してくるよね」
「そうだねぇ。今後の展開に期待ってことかな」
 そこでようやく名前が呼ばれて席に案内される。ファミレスの中は夕方だが、若い年齢の子を中心にそこそこ込んでいた。テーブルを見ると空になったグラスがいくつも並んでいる所が多く、待っている客そっちのけで会話に花を咲かせていた。
「ファミレスで長々と居座って怒られたことってある?」
「ないね。そもそもファミレスに一時間いるかいないかだしな」
「え、そうなの?私3時間ぐらい普通にいるけど」
「そんなに何をしゃべるのさ」
 綾人は苦笑してメニューを開く。
 ちなみにそんなに長い時間いても店員に急かされたことはない。
「ファミレスはそこらへん寛容だね」
「だから私たちもファミレスに集まるんだけどね。あ、ドリンクバーだけ先頼む?」
「そうしよっか。僕、ドリンクバーの無料券持ってるんだ」
 ぴらっと小さい紙を見せて笑う綾人。先ほどの映画のことといい、無料券といい、意外にちゃっかりしている。綾人も学校では王子様スマイルと言われてもてはやされていても、ごくごく普通の男子高校生なのである。
「綾くんしっかりしてるね」
 そう言うと、綾人はいつものにっこり笑顔ではなく、右手で頬杖をついてどこか艶のある笑みを浮かべた。
「そりゃあ、ね。僕だけじゃなくて永羽ちゃんにもお金払わせているんだから少しでも安くした方がいいでしょ。まあ……」
 綾人が少し永羽の顔を覗き込むように顔を近づける。
「永羽ちゃんが彼女だったら僕もそんなこと気にしないで、ご馳走したり何か買ってあげたりするんだけど」
 まだ違うもんね、と綾人は言いかけて、聞き覚えのある声に台詞を被せられた。
「綾人と永羽じゃねーか。奇遇だな」
 そう言って現れたのは、永羽が今日綾人と遊びに来ている原因と今ある意味学校中の注目を集めている野館小織だった。

(どうしてお前がここにいるっ!!)

   そこに起因している思いにズレはあるが、永羽と綾人の気持ちはこの瞬間シンクロした。
 はぁ、と小さく綾人がついた小さい溜息には誰も気がつかなかった。