その十五、 笑みを浮かべて立つ人物の正体は天使か悪魔か

 彼方は衝撃の告白をした後、「じゃあ、こいつ送ってくから」と、その発言によりさらに怯えた小織の腕を掴んで、ファミレスから出ていった。
 残された二人はと言うと、食べるものも食べたので、帰ることにし、こちらもファミレスを後にした。

「なんか、寂しい?」
 先ほどよりも少しテンションの下がっているように感じ、綾人は永羽に問いかける。
「……そうかも」
 返ってくる反応は、「そんなわけない」とか「逆に開放されて嬉しい」とかそのような発言を予想していただけに、綾人は永羽の素直な答えに少し目を見開いた。
 綾人のそんな表情を見た永羽は自分でも、らしくないと思っているのか、苦笑いを浮かべる。
「……朝樹にはああ言ったし、私は千絵子みたいなブラコンじゃないけど」
 千絵子が聞いたら首を振りすぎて、飛んでいきそうな程全力で否定すること間違いなしだが、この二人はあえて、その発言につっこまないまま会話を進める。
「お兄ちゃんって、あんな横暴凶悪悪魔的に非人道人間だけど、女の人にはモテるみたいだし、前にも彼女いたことはあったんだよね」
 少なくとも、五人くらい彼女が入れ替わっていると思う。
「お兄ちゃんって彼女とかいない時は、私をかまい倒すというかいじめ倒すというか、まああれなんだけど、それが彼女できるとそうゆう時間が減るんだよね」
 彼方の彼女はなぜか、彼方に惚れん込んでいる人が多かったため、彼方を独占したいという気持ちも強かったのだ(明らかに小織はそのようなタイプではない。むしろ怯えていたが)。
 だから、最初は永羽も「彼方から解放される!エクセレント!!」と思っていたが、実際にそうなってみると、少し寂しい気持ちが胸に去来するのだ。
 ただ、構われる時間が少なくなっただけで、兄からの横暴な行動はなくならないというのに。
「あ、あれ……?私ってМなの?え、違うよね?」
 深く考えるにつれて、自分がアブノーマルな性癖なのではないかという恐ろしい考えに辿り着きそうになってしまった。
(あ、あぶなっ。何私は寂しいとか思ってんの!?そう!清々したんだよ、うん!)
 自分に言い聞かせ、納得させる。自分に都合が悪くなると、実は兄妹仲が良いと思われる場面も「あ、違う気のせいだった。この間、お兄ちゃんに食べられたガリ○リくんに対する思いと重なっちゃってた」という発言により、そんなものはなかったものにされる。
 もちろん、綾人はそのままの意味に捉えることはないが、取り敢えずその場は「そう」と頷いておく。
 
 しばらくそのまま話を続けていたが、ある分かれ道を通り過ぎた所で、永羽は首を傾げる。
「あの、綾くん?」
「ん?」
(いや、「ん」じゃなくて)
「綾くんの家ってさっきの所まっすぐじゃ」
 そう言うと、綾人は大きく溜息をついた。
「永羽ちゃん。いくらなんでも7時過ぎてるのに女の子一人で帰すわけないでしょうが。彼方でも野館さんを送っていったと言うのに」
「いや、確かにお兄ちゃんでさえも女の子を送って行くという常識があったことに驚いているけど……」
 二人の中では彼方は非人道で通っている。
「一応、野館先輩、お兄ちゃんの彼女だし……」
「ふーん。永羽ちゃんは僕が送って行ったら迷惑だと?」
「え!?そんなことは微塵も思ってないけど……」
 おろおろし始めた永羽を見て、綾人はくすっと笑みを浮かべた。
(本当に、おもしろいなぁ)
 そのまま唇に笑みを乗せ、「それに」と言って、少し背を屈めて、永羽の顔を覗き込む。
「彼方がいない分だけ、俺に時間割けば寂しくなんてなくなるでしょ」
「へ!?」
 ぴきっと体を固めて、永羽は綾人の顔をじっと見つめた。

 果たして、その笑顔は本当に天使か。それとも、悪魔のお仲間か。