「やだな〜。忘れたなんて言わないでよ?俺だよ、ほ〜ら」
鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を寄せられるが、寄せられ過ぎて輪郭もまともに掴めない。
首を傾げた永羽に焦れたのか、男子生徒はついに自分の名前を名乗った。
「俺だよ!!君の心の友、尾田朝樹!」
それを言った途端、彼――朝樹の視界は真っ黒。そして同時に訪れる激痛。
「いだだだだだだっ」
永羽のアイアンクロウが決まった。
「痛いなぁ。数年ぶりに会った心友に何すんだよ」
顔面から永羽の手が外され、自分の顔に手を添えながら睨みつめる。永羽はそれを鼻で笑って朝樹に一瞥をくれた。
「何が、『心の友』よ。今まで私を犠牲にしてノウノウと生きてきたヤツがよくそんなこと言えるわね。あんたはねぇ、五分前に魔王の生贄になることが決まったのよ。せいぜい、今日で終わる素敵学園ライフを名残惜しく過ごしなさい」
「おーほっほ」と高笑いをする永羽に、死刑宣告を受けた朝樹は顔面蒼白にして姉・千絵子に身を乗り出して訊ねる。
「何、今日までの素敵学園ライフって!?魔王の生贄ってもしかしてあの人もこの学校に来ちゃってるの!!??ねえってば、おい、聞いてんのか!」
必死な形相で詰め寄ってくる弟を煩わしそうに片手で両頬を掴んで引き離すと、千絵子は朝樹に慈愛を込めた笑顔で止めを刺す。
「朝樹、これはもう定められた運命だったんだよ(てか、もともと五年間の転勤って言ってたし)。明日になれば、彼方さんがあんたの存在に気づくかもしれないし(永羽が生贄って言ってたから確実にバレるんだけど)、もしそうなったら自由なんか利かないだろうから、永羽の言うとおり、今できるだけの学園ライフをエンジョイした方がいいと思うよ(もう二度と味わうこともないかもしれないからね)」
「ううううううそだ――――――!!そして、いやだ――――――!!」
朝樹の叫び声と共に、二時間目の授業開始のチャイムが鳴り始めた。
一方、こちらほぼ同時刻の2年B組。
そう、サタンで閻魔で魔王な在原彼方の教室である。そして、現在SHRの次の授業が運良く自習となり野放し状態になる教室、生徒の犠牲になるのは新しく仲間になった転入生のはずだったが、彼は新しいクラスの中でも既に異彩を放っていた。
彼は、寄ってくるクラスメイト達を目で威圧し、窓際一番後ろの特等席から中央列のちょうど真ん中の席、の一つ前の席の人物を見る。その目は「退け」と語っていた。同じ男ながら、その席に座っていた男子生徒は無言で立ち上がり、遠巻きで囲っているクラスメイトの中に紛れた。彼方は、自発的に譲ってくれた男子生徒の席に堂々と座り、後ろの席の人物に話しかけた。
「よお。相変わらず胡散臭い顔してるな」
肘をついてニヤニヤと悪人面で聞いてくる彼方に、後ろの席の人物は困ったような表情をしつつも笑顔で答える。
「胡散臭いってひどいな。それにしても彼方はいつも突然だな。帰ってくるならもっと早く言って欲しかったよ。同じクラスっていうのにもびっくりだし」
「アヤクンには嬉しいサプライズだろ?」
妹を真似た呼び名に綾人が反応する。
「永羽ちゃんもこの学校に?」
「ああ。なんか、おもしろい七三が担任だったな」
「おもしろい?……ああ、横溝先生のクラスかな?そうなると1年E組かぁ。会いに行こうかな」
嬉しそうに笑みを浮かべている幼馴染に彼方はニヤッと笑って、
「まだ、永羽は貸さないぞ」
と言った。
綾人は、一瞬無表情になると、諦めたように溜息をついた。
「いい加減、妹に構うのも飽きてくれないかな」
「あいつ以上に反応みせるヤツ見つけたら貸してやるよ」
「頼むから早く見つけてくれよ」
笑いながら話していた彼らの会話を聞いた生徒は「うっすらと寒気がした」と語った。
片や我らが仏のクラス委員長、政田綾人にも関わらず。