本日は二月十四日。もうお分かりだと思うが、セイント・バレンタイン・デー。
 そう。お菓子業界の戦略にまんまと引っかかった世の女子達が、自分の親しい人物に愛ん囁く日である。チョコを上げる相手は自分の恋慕う相手だけではなく、お世話になった人、友人、もしくは他人にやるには勿体ないと思い、自分に購入する者、と様々である。
 紹介が遅れたが、今回の主役は水本桐子(みずもととうこ)。国籍、日本。性別、女。年齢、十六。彼氏、無し。
 そんな彼女は、特に想う相手もなく、友人に友チョコなるものを渡され、三月に三倍返しと無理矢理約束させられて、今、帰宅するため校門を出ようと歩いていたのだが、突然現れた障害物が彼女の行く手を阻んだ。
 障害物の名前、不明。性別、男。年齢、不明。容姿、美形。
 障害物は桐子の真ん前に立ち、二十センチ高いところから彼女をジーと無言で見つめる。桐子も困惑しながら、相手が何もしゃべらないため、黙って相手の嫌味なほど整った顔を見つめる。
  甘い雰囲気もなく、無言でお互いを見つめるという、奇妙な光景はどれほど続いただろうか。それは、男の声によって終わりを告げた。
「すすすすすすすすすすすすすすすす……」
 突然男は「す」を連呼しはじめた。
(えっ、ななに?まさか、『す』は何回言ったでしょうってオチじゃないよね?)
 桐子は固まり、男はひたすら「す」を繰り返す。
 周りもそんな異様な光景に疑問を抱き始めたのか二人を遠巻きにして見ていた。すると突然、男がカバッと頭を下げて何か箱のようなものを持った右手を差し出してきた。
「すすすすっきでぇす!……へへ返事はホワイトデーにお願いします!」
 「それではっ」と言いたいことだけ言って男は走り去っていった。
「……は?」
 無理矢理渡されたチョコを片手に、桐子は一ヶ月意味の分からないまま放置されることになった。