三月十四日。ここ二年三組の教室は朝から生き地獄とも言えるなんとも言えない雰囲気に包まれていた。
 
 キーンコーンカーンコーン

 四時間目終了の合図。それは学生たちにとって、五十分という長い昼休みを得ることのできる至福の合図のはずだったのに、今日だけその合図がならないことを祈っていた。
 そして、無常にもチャイムが鳴り響いた瞬間、二年三組一同の心は一致していた。
(来る!)
 心の声が重なった途端開かれる教室のドア。ドアを開けた人物はそのまま一直線にある女生徒に近づき、後ろから抱き込んで耳元で囁いた。
「好きだよ。夏見」
 既に五回目となるその光景にも関わらず、クラスにいた生徒達は砂を吐いた。
 寛香が夏見にべた惚れなのは周知の事実。しかし、いつもこんな風にべったり張り付いて、甘い言葉を囁いているわけではない。
 それでは、何故、このような事態が起きたか。
 遡ること約四時間前―――――

 夏見はいつも通り、予鈴がなる少し前に登校し教室のドアを開けた。そして、自分の席に目を向けると何故か自分のクラスでもないのに堂々と夏見の席に座っている人物が目に入った。夏見の彼氏、城木寛香その人である。
「おはよう。夏見」
 普段の毒舌っぷりからは考えられないほどの甘ったるい笑みを浮かべて恋人に席を譲る寛香。夏見は譲られた席に腰をかけ、眉をひそめて寛香を見る。
「どうしたの。こんな朝っぱらから」
 夏見はいつもギリギリで登校してくるため、寛香が朝こんな風に夏見の前に現れることはまずない(休み時間や昼休みは数え切れないほどあるが)。
 寛香はフット笑うと、夏見に小さな袋を渡した。
「何?」
「バレンタインのお返し。安物で悪いけど」
 言われて、夏見は今日がホワイトデーだったことを知る。一見、我が儘で自己中な夏見は「ホワイトデーは三倍返し?ぬるいわそんなの。五倍以上で返してもらわないと」と思われがちなのだが、こう言ったイベントに疎かったりする。バレンタインデーも優梨に言われて思い出したぐらいだ。そして、意外にも物欲があまりないのでなおさらだった。
「あー、ありがと」
 そしてまたまた以外にも、今まで付き合ったことのある人物も寛香を含めて二人しかいなく、ホワイトデーは初体験だったため照れてしまう(設定では二人が付き合い始めたのは三月の終わり頃)。その反応を見て、寛香は夏見に抱きつく。それ自体は夏見も慣れてしまっているため適当にほっておいて、包みを開ける。中に入っていたのは真ん中に赤い石が入った蝶をモチーフにしたピアスだった。
 ピアスは大きいものよりも細々としたものを選ぶ夏見にはちょうど良い大きさだった。
「ありがと。家に帰ったら早速つけるね」
 もちろんピアスは校則違反。意外にも校則はちゃんと守っている。
「うん。あと今日、俺夏見から離れないから」
「は?」
 突然わけの分からないこと言い始めた恋人を思わず引きはがして訊ねる。
「今日はホワイトデーだろ。お返しだけじゃなくて、俺も夏見が好きだって改めて伝えようと思って」
 そう言うや否や、寛香は唇を夏見の耳元に寄せて、
「大好き」
 と囁いた。
 そして、予鈴のチャイムが鳴ると、寛香は笑顔で出ていき、取り残された夏見を含む先ほどのやり取りを見ていた二年三組の生徒たちは呆然と固まっていた。
 それから、寛香は休み時間の度に夏見に愛を囁きに来るのである。

「あのさ、寛香。あんたが私を好きなのはよく分かったから、腕離して。お弁当食べさせて。」
 しぶしぶながら夏見から腕を離して夏見の隣の席に座る寛香を見て、夏見はようやく昼ごはんにありつけた。
 夏見が弁当を食べ終わると、それを待っていたかのように、寛香は箱を差し出す。
「今度は何?」
「開けて見て」
 箱はよくケーキを入れるのに使われるもので大きさは一切れ二切れ入る小さいものだ。
 夏見が箱を開けると、そこには二切れのフルーツタルトが入っていた。しかも、ただのフルーツタルトではない。
「これってもしかして、朝の五時から並ばないと手に入らないって言う【cherry*】の二十個限定フルーツタルト?」
「まあね」
 ひょいっと自分の分のフルーツタルトを出して寛香はフォークを突き刺す。
「学生の身分で高い物は買えないし、かと言ってピアスだけだとインパクトないしね。だからこれぐらいしないとってね」
 そう言ってはにかむ寛香が珍しく可愛く見えた。
「……ありがと、嬉しい」
「ん。あっ、夏見への愛の言葉ならお望みならいくらでもあげるから」
 そしてそんな甘い雰囲気のまま、学校が終わるまで寛香の囁き攻撃は続いた。
 一番被害を被ったのたのは二人の雰囲気に中てられた二年三組のみなさんだと言うことは言うまでもない。


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