煙突のない家



会社を出ると同時に胸ポケットに入っている携帯電話が鳴った。
保川邦章(やすかわくにあき)は携帯電話を取り出した。画面表示には゛恵美゛(えみ)。妻からだ。
「もしもし。恵美か?どうした」
『大変なことに今気付いたんだけど』
大変なことと言うわりには落ち着いている。
「何かあったのか?」
『みなほのクリスマスプレゼント買うの忘れてたの』
「プレゼント?」
あまりにも恵美があっさりと言ったので一瞬なんのことか分からなかった。
「お前、プレゼントってあの枕元に置く予定のあれか?」
何秒か間を置いて、邦章は訊いた。
「あれよ」
相変わらず妻の声は淡々としている。
「なんで買い忘れたんだ?」
「私はてっきり、あなたが買ってくると思ってたのよ」
「・・・・・・分かった。今から買って帰るよ」
邦章は髪を後ろにかきあげ、疲れた表情を見した。
電話を切ると、邦章はおもちゃ屋に走り出した。まだ、電車の発車まで30分ある。急げば乗れる時間だ。
しかし、走り出してすぐ眼鏡をかけた青年とぶつかった。相手も急いでいたらしく簡単に謝って行ってしまった。
さすがクリスマス。人が多い。邦章はそれから二、三人の人とぶつかった。
おもちゃ屋の前に来て、恵美が最後に言ったことを思い出す。
『みなほねぇ、大きなテディベアが欲しいって言ってたの』
大きなテディベア。
それを持って走ることを考えると気が重い。

邦章は案の定、片手にバカデカイテディベアの包み紙を持って街を走っていた。
発車時刻まであと十五分。
間に合わなかったらその時はその時だが、次の電車が来るまで大分時間がある。明日はいつもより朝が早い。つまり、自分の睡眠時間がなくなってしまう。
邦章はハ−ドスケジュールのサラリーマンのくせに、意外に体が弱かったりする。なので最低六時間の睡眠をとらなければならないという少し情けない男だったりもする。
今夜はクリスマス。
聖なる夜。
それなのに何故自分は全速力で走っているのだろう。
邦章は寒い中、汗を滲ませながら思った。答えは簡単。娘の夢のため(自分のためでもあるが)。
中央広場のクリスマスツリーを目の端でとらえ、駅の中に入っていく。なんとか、電車に乗ることが出来た。息を整えてドアにもたれ掛かる。
通り過ぎて行く町並みはサンタクロ−スを歓迎する星の輝きのように光輝いていた。
先程は気付かなかったが、今年のクリスマスはホワイトクリスマスのようだ。まるで、白い羽が舞っているかのように綺麗だ。

「おかえり〜。なんかごめんね」
恵美が玄関に出迎えて、笑顔で言った。
「本当だよ。みなほは?」
「とっくに寝てるわ」
時刻は十時。子供なら寝ていて当たり前の時間ぢある。
「じゃ、これ置いてくるわ」
包み紙を持ち上げて見せた。子供部屋は階段を上がって右手にある部屋である。物音を立てないように慎重に部屋の扉を開ける。
中からは静かな寝息が聞こえてこる。
邦章は布団をかけ直してやると枕元にプレゼントを置いた。
(いつまでサンタを信じるかな)
邦章は思って微笑した。

今宵、君が良い夢をみれますように。
メリークリスマス。




「ねえ、お母さん。煙突がないのにうちにサンタさんがきたよ。ねっ、どうやって来たのかな?」
朝目覚めてからみなほはそれしか言っていない。
邦章と恵美はただ苦笑いを浮かべるだけだった。


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